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歌伴奏専門ピアニスト&ウェブライターのmikuraのブログです。

不器用すぎる我が人生④~浪人時代~

このシリーズも第4回目となりました。

ちなみに、前回までの記事はこちらからご覧ください。

>>「不器用すぎる我が人生①~幼稚園・小学校時代~」
>>「不器用すぎる我が人生②~中学校時代~」
>>「不器用すぎる我が人生③~高校時代~」

 

■受験勉強はセンター3ヶ月前に開始。奇跡は…起こるはずもない。

部活に熱中しすぎて、夏に引退してからも心が引退できませんでした。

そのせいで、肝心な勉強は二の次三の次、「奇跡を起こしてみせる!」と意気込んでセンター試験3ヶ月前に猛勉強するも…奇跡は起きず。そのまま浪人生活に突入することになりました。

 

■「週三日制予備校」にて浪人生活開始。

浪人生活を送るにあたってまず悩むのが「予備校を何処にするか」だと思うのですが、私の地元の愛媛県には生授業をしている予備校がなかったため、関西の大学に通っていた兄の家に居候してそっちの予備校に通うことになりました。

代○ミ、河○塾、駿○といった大手予備校に行きたいと思っていたのですが、噂によると授業料だけで年間200万もかかる+授業が毎日あり、予習に追われるだけの毎日になる、という兄の助言により、「週三日制予備校」に通うことになりました。
「週三日制予備校」とは、その名の通り授業が週に3日しかなく、後の日は自学自習するというシステムを採用しており、その分年間の授業料はかなり抑えられており、40万という破格の値段でした。

 

■毎日12時間勉強する日々の連続で、半ノイローゼに。

授業がある日もない日も、朝8時から予備校がしまる夜8時までは予備校に缶詰になる日々を送っていました。

恋愛は勿論禁止、友達も必要最低限度の付き合いに留める、というマイルールを決めていて、まさに「恋人は参考書」状態。

予備校が閉校の日曜も、近所のカフェやファストフード店で勉強し、たまの息抜きは本屋で参考書を眺める、というなんともストイックな日々でした。
今思えば、我ながらよくやっていたなと思います。

ですが、煩悩という煩悩を抑えてひたすら勉強に打ち込んでいたのにもかかわらず、全くもって模試の判定はさっぱりで、センター試験もボロボロ。

家に帰っていきなりしゃがみこんで回りだしたり(家族談)、センター終わってからは「もう何もしたくない」「受験なんてしたくない」と現実逃避したり、今思えば軽いノイローゼみたいな状態だったんだと思います。

 

■滑り止めの私立に滑り、国立前期に滑り、絶望の淵に立っていた。

母親から、「私立は受けてもいいけど、受かっても入学金は払わないよ。」と真顔で言われていたものの、その心配はなく豪快に滑りました。

本命の国立前期も、ボロボロだったセンターを挽回するほどの力はなく、不合格。
私に残された選択肢は、「後期で合格」か、「二浪に突入」かでした。

後期に受ける大学は、前期と同じ大学で、しかも二次試験は面接のみ。

ただ、もう後がなかったため、これでもかというくらい二次対策をしていました。

受ける大学の教授の著書を読んだり、面接練習をしてもらうのは勿論、ひとりでも何回も何回も反復練習して、「これでダメだったら諦めよう」と思えるくらいにやっていました。

 

■最後の最後に…奇跡は起こった。

面接官がたまたまクラリネットをやっている方で、面接の最後に「じゃあ、私と一緒にクラリネット・アンサンブルをやりましょう♪」と言ってくれたのです!

この瞬間に「合格」を確信していました。

ただ、結果を見るまではなんとなく落ち着かない日々で、「来年の予備校は何処にしようか…」とうだうだ悩む日々を送っていたのですが…

奇跡は起きました。

無事に「合格」の二文字をこの目で見ることが出来ました。

今までの人生ではじめて「嬉し涙」を流しました。

この時、「人より劣っているところが多すぎる私でも、努力すればなんとか出来るんだ!」という強い自信を持つことが出来ました。