mikuraのブログ

歌伴奏専門ピアニスト&ウェブライターのmikuraのブログです。

1年勤めて時給が1円も上がらないアルバイトなんて辞めた方がいい。

という言葉が頭に降りてきて、

1年と3カ月ほど勤めてきたアルバイトを辞めました。

その理由は3つあります。

 

◼️他のスタッフとの扱いが違う。

元来いじられキャラなわたしですが、

店長のわたしに対する扱いが、

「いじってる」

じゃなくて

「雑に扱っている」

という感覚がどうしても抜けませんでした。

 

髪の毛が肩につくかつかないかの時に、

「ゴムとかないの?髪の毛どうにかできない?」

とご指摘を受けたのですが、

腰くらいまで長さのある他のスタッフには何も注意せず。

 

また、

「◯◯さん(お客さん)に最近タメ口っぽいから気をつけて。」

とご指摘を受けたのですが、

他のスタッフには

「時々出るタメ口いいね。キュンとするね    笑」

って言っておりまして。

 

明らかに雑に扱われてました。。

 

◼️アルバイトリーダーに任命されるも、時給は変わらず。

ある日出勤してお客さんと会話してると、

「みくらちゃん、今日からバイトリーダーだからね」

と言われました。

「今までどんくさいながらも頑張った甲斐があった\(^o^)/!!」

と喜んでいたのですが、

その月の給与明細を見ても金額は変わらないまま。。

 

「リーダーに任命するとは言ったけど、時給上がるって言われてないもんな・・・」

 

と自分をなだめるしかありませんでした。

 

◼️その日入った新人さんと同じ給料だと思うと、もはや意欲は枯れ果ててしまった。

バイトリーダーになっても

人不足で週5シフトに入っても

ラストまで残業しても

仕事内容が増えても

1年以上働いても

 

それでも、時給は1円も上がりませんでした。

そして、お店が忙しくなってスタッフの募集をかけるといったので、

これは絶好のタイミングだと思って退職を申し出ました。

 

大学を出てから20社は軽く転職し、

最長で1年持ったことがないわたしにとっては、

1年3ヵ月という期間は記録更新なんです。

 

だから、そこはちゃんと自分を褒めてあげました。

ただ、「楽しい」と感じる時間より、

「早く帰りたい」と感じる時間が

日に日に長くなっていたので

もう無理だろうなと思ったんです。

 

嫌々働いてるのって、お客さんには伝わったりしますしね。

 

辞めてから1ヶ月ほど経ちますが、

時間に追われないし

白髪も減りましたし 笑

のんびり過ごしています。

 

ただ、時給で働くということは

最低限、「そこにいるだけで」

お金が稼げるので、

お世辞にもあまり高い時給ではありませんでしたが、

「時給で働くのって楽だな」

と実感もしています。

 

しかしながら、なんにせよ

違和感を覚えたままやっていて

いいことなんてないんじゃないかなってことがわかりました。

 

自分の心の声をちゃんと聞いてあげなければ、誰も聞いてくれませんからね。

 

 

広告を非表示にする

完璧主義は劣等感の裏返しである。

わたしは、自他共に認める「完璧主義者」です。

ただ、いまだかつて「100%に成し得たこと」はありません。

 

物心ついた頃から、「わたしは他の人よりどんくさくて不器用だ。」って何かにつけて思ってきたので、

 

「それならせめて他人の数倍努力しなくては。」

「それならせめて自分のなかでは100%の力を注ぎ込まなくては。」

 

と考えるようになってしまったように思います。

 

学校の先生だってよく言うじゃないですが。

 「80点を取りたかったら100点を目指せ!」

って。

 

しかしながら、多分完璧主義は劣等感の裏返しなんじゃないかと最近思うようになりまして。

 

「別に80点取らなくても30点でもいいや 笑」

 

って思えてたらそこまで深刻に考えたりしないと思うんです。

 

「せめて80点は取らなければ、◯◯に怒られる。馬鹿にされる。だから頑張らなくては。」

 

と思ってしまうからしんどくなってしまうのでしょう。。

 

ただし、なかなか完璧を目指したところでミスはつきもの。

100%ばかりのことなんてない。

努力したからといって、それが100%実るなんて確証もない。

 

「それなら努力するなんて馬鹿らしい」

 

最近はこの思考にシフトするようになってしまいました。

いわゆる、「全か無か思考」ってやつです。

 

おそらく、完璧主義者の人は、思考がかなり極端なんですよね。

 

ある時はすごく頑張るけど、

ある時は微塵も頑張らない、

みたいな。

 

個人的なお話ですと、浪人して1日8〜12時間は勉強したのに、

センターもそんな点数あがらなくて

結果第一志望の大学を諦めた経験があってからこの考え方になってしまったように思います。

 

別に、誰もわたしに良い意味でも悪い意味でも期待してないと思うんですが 笑

なかなかにこの考え方をやめるのは難しいなと実感しています。

広告を非表示にする

何が正しいのかを決めるのは自分だけだ。

本日は、診断が下りてからはじめての診察でした。

 

先生に診断が下りてから本を読んだりして情報収集してますという話をして、

 

「疲れやすいからビタミンB群を採ったほうがいいと書いてあったのですがそうなんですか?」

 

と聞くと、

 

「本には著者に都合のいいように書かれてあるからね。

そうやって正しい情報が分からないまま高額なサプリメントを売られてしまう発達障害者もいるよ。」

 

「規則正しい生活をして栄養が偏らないようにして三食取れば大丈夫だよ。」

 

とばっさり。

 

 

あれ?

 

 

前回の記事で書いたこの本ですが、特に「このサプリメント買ってね」的な内容はなかったけどなぁ。

 

しばし混乱。。

 

よくよく考えると、病院の先生だって自分にお金が入るように診察を勧めているわけですやん。

今日だって15分くらいの診察に1200円も取られましたよ(T_T)。

 

物腰柔らかでいい先生なんですけど、

結局ビジネスはビジネスですもん。

 

かといって、先日読んだ本では

やんわり「セッションを受けにきてくださいね」って言われてる感じもしたし。

 

そう考えると、誰が何が正しいのか分からなくなってきました。

 

受験してた時、「参考書は一冊に絞って何回も何回も解け!」て言われましたが、

それは先生によって教え方や解き方が違ったりするから混乱しないように、ってことであって。

 

その理論に基づくと、色々情報入れすぎない方がいいのかなぁ。

 

受験みたいに正しい答えがないから余計に難しい。

 

ただ、「自分に合うか合わないか」なんでしょうね。

 

店員さんがどんなに「その服お似合いですね♡」って言ってくれても、

自分でしっくりこなければそれまでであるのと一緒なのかもしれません。

 

発達障害当事者の意見と

発達障害治療を専門としている定型発達者の意見

のどちらがより発達障害当事者にとってタメになるのかなぁ。

 

書いててよく分からなくなってきました 笑

 

自分で何が合うのか試す良い機会だと思って色々試行錯誤してみます。

 

 

広告を非表示にする

「発達障害に生まれてよかったですね」ー 【書評】吉濱ツトム著「発達障害とどう向き合うか」

「わたしが発達障害かどうか白黒つけるまでのつれづれ」と題して記事を書いていき、

結果として「アスペルガー症候群」という診断がおりました。

 

何か日常生活で大きく変わったことがあるかと問われれば、特にはありません。

診断がおりた日は「やっぱりそうなんだ・・・」と落ち込みもしましたが、


最近では、診断名がついた分、発達障害についての本を読んだり

インターネットで色々と調べたりするようになり、

前向きな対処法を考えるように心持ちが変わってきたように思います。

 


特に、発達障害について前向きに捉えるようになれたきっかけはこの本。

 

吉濱ツトム著「発達障害とどう向き合うか」

f:id:mi_717:20170723014903j:plain

 

「生きづらさは克服できる」? 

わたしがこの本を手に取ったのは、

表紙に赤字で書いてある「生きづらさは克服できる」という文言に惹かれたからに他なりません。

 

当事者として思うのは、これまでの人生で「生きづらい」と何回も何回も感じているので、とにかくそれをどうにかしたいんですよね。

 

著者である吉濱さんは、「ど」がつくほどの重度のアスペルガー症候群なのだそうですが、
ご自身で試行錯誤した結果、現在では症状をほとんど目立たない程度に抑えることができているのだそう。

 

そんな方が書いた本だからこそ、普段あまり本は読まないわたしですが、

半ばすがるような思いで買いました。

 

 

 発達障害だからこそ」と見方を変える。

吉濱さんは、現在、発達障害を抱える人にカウンセリングを行っているそうなのですが、

吉濱さんのもとを訪ねてこられた方にこう伝えるそうです。

 

発達障害に生まれてよかったですね」

 

と。

そして、続けてこうも記されています。

 

これはお世辞でも何でもなく、発達障害のマイナス症状を軽減させ、本来の才能を引き出すだけで、ハイクラスの仕事に就くようになった人を何人も見てきたからです。 

 

インターネットの掲示板などでは、苦しんでいる当事者の方や、

身の回りの発達障害の方に苛立ちを覚えている方の投稿が目立って

どうしても殺伐としているのですが、一筋の光が見えた気がしました。

 

自分の特徴を知って、活かす。

発達障害があるから、わたしは何もできない!」

と自暴自棄になってしまう瞬間もまだないこともないのですが、

「ない」ものは「ない」と割り切って、

「ある」ものにフォーカスすることが大事なんですよね。

 

この本の中で吉濱さんも、

「思いつく限り自分の特徴を書き出してリストアップしてみましょう」

と書かれています。

 

そうして、自分の特徴を知ってそれを活かすことができる道を考えていこうと提案されています。

これは、障害があるなしにかかわらずそうのかもしれません。

 

発達障害者には「栄養療法」が大切だった。

発達障害を抱える人は、

慢性疲労症候群を抱えていたり、

腸粘膜の働きが弱いため、栄養不足に陥っている人が多いのだそう。

(言われてみれば、わたしはすごくすごく疲れやすいんだった・・・)

 

そのため、「サプリメントの服用」を提唱されています。

特に、食事で取ることが難しいビタミンB群が良いとのこと。

(もちろんこれだけじゃないですよ!)

また、ローカーボ(糖質制限食)は、吉濱さんのところを訪れたクライアントさん全員に行ってもらっているそう。


ごはんやパンが大好きなわたしですが、

特にお昼に食べると眠くて眠くて仕方ないし、

ひとまずすぐできそうなのでやってみることにします。


サプリメントも、薬局で気軽に買えますし、

とにかく試してみるほかないですね。

 

だって、言われていることに全く疑いの余地が無いのですから。

 

おわりに

あまり活字は得意でない私ですが、

興味があるという理由もあるとは思いますが、

結構スラスラと読むことができました。

 

この本一冊あれば、発達障害とはなんぞやということについて

かなり具体的に知ることができるんじゃないかと感じました。

 

もちろん、読んだだけで症状が改善するなんて魔法がかかることはないので、

自助努力は必要ですが、そのための道標を示してくれている一冊だと思います。

 

広告を非表示にする

【実録】わたしが発達障害かどうか白黒つけるまでのつれづれ〜その④

このシリーズもいよいよ4回目となり、本日が最終回です。

 

前回の診察からちょうど1週間あいだが空いて、その間なんだかそわそわしていました。

 

ちなみに、前回までの様子は以下の記事で詳しく書いております。

 

■過去記事:【実録】わたしが発達障害かどうか白黒つけるまでのつれづれ〜その① - mikuraのブログ

■過去記事:【実録】わたしが発達障害かどうか白黒つけるまでのつれづれ〜その② - mikuraのブログ

■過去記事:【実録】わたしが発達障害かどうか白黒つけるまでのつれづれ〜その③ - mikuraのブログ

 

まずは、前々回実施した会話のテストの結果を教えていただきました。

全部で24問ほどあり、一般の人の正解率は50%後半ほどだそうですが、わたしは「46%」だったそう。

うーん、もうちょっとだったのになぁ。

 

このテストの結果から先生がおっしゃったのは、何かトラブルが起こった際、わたしは「問題解決を求める傾向にある」&「自分を責める傾向にある」ということでした。

 

なので、ガールズトークにありがちな「わかる〜」とかの共感ができなくて、「こうすればいいんじゃないの?」とどうすれば問題が解決できるか必死に考える傾向にあります。

でも、大抵のガールズトークでは、「とりあえず聞いてほしい」ということが求められているので、わたしの努力は水の泡となってしまうことがほとんどなのです。。

 

 

次に、MSPAという発達障害の診断に特化したテストの結果を教えてもらいました。

 

それぞれの項目を点数化してグラフにしてもらった結果、その点数の出方から

 

自閉症スペクトラム(ASD)」

 

だという診断がおりました。

 

ADHDの傾向もあるにはあるみたいなのですが、そこまで「衝動性」「多動性」「不注意」の、「不注意」のみ点数が高かったため、もしかしたら症状が治まってきている可能性もあるということで、診断としては「保留」ということでした。

 

 

今回の4回の診察で、「自閉症スペクトラム」という診断がおりてまず思ったことは、

 

「ただの変な人じゃなくてよかった」

 

ということです。

 

ですが、社会に出て学歴より職歴より必要とされる「コミュニケーション能力」が欠如しているのって、結構な致命的やな・・・と思って、帰宅してからはじんわり涙が出てきました。

 

ただ、大事なのはこれから。

 

普通の人に比べて苦手なこと・できないことはたくさんあります。

 

そのなかで、

 

「できないと割り切っていいこと」

「できないなりに克服した方がいいこと」

「それなりにできることを伸ばすこと」

 

がこれからの課題なのかなと思っています。

 

色々と思うことはあるけれども、結果的には病院に行ってよかったなと思います。

1年越しくらいなのでだいぶ時間はかかりましたが、なんだかすっきりしました。

広告を非表示にする

【実録】わたしが発達障害かどうか白黒つけるまでのつれづれ〜その③

このシリーズも3本目となりました。

本日の診察は、1回目の診察終了時にもらったMSPAというテストで回答した項目について先生からの質問に答えていくという内容でした。

 

時間にして1時間ほどでした。

 

今はインターネットで色々と調べることができるので

「あ、多分これは症状っぽいのかな・・・」

と思ったりしながらの診察でしたが、

嘘をついても仕方がないので、ありのまま正直に答えていきました。

 

これまでの3回の診察を踏まえて、次の診察時には結果が出ます。

 

タイトルに「白黒つけるまで」とつけていますが、

おそらく先生の言葉とかを聞いていると「グレー(ゾーン)」か「黒」のどっちかかなぁという感じはしています。

 

診察の最後に、先生から質問はないかと聞かれたので、発達障害の原因は何ですか?」とお聞きしました。

 

 

さらに、「世の中には、診断が下りる下りないを越えたところで活躍している人もいるし、はたまた、軽度だと診断されても苦労している人もいるからね・・・」というようなことも言われました。

 

芸能界は発達障害を抱えている方が多いと言われていますが、公表している人もあまり多くない印象ですし、病院さえ行っていない人も多いんじゃないかと個人的には思います。

 

要するに、ここで重要なのは「発達障害か否か」なのではなく、「自分の得意不得意を知り、得意な分野を伸ばす」ということなんですよね。

 

人よりできないことが多いのでめちゃくちゃ苦労して今まで生きてきたんですが、そっちに目を向けるのではなく、「できること」にもっとフォーカスしていかねばと思っています。

 

ひとまず、来週には診断結果がおります。

 

「もしこれで診断結果がおりなかったらただの変な人ですか?」と聞くと普段は寡黙っぽい先生は苦笑いをしておりました(笑)

 

今のところ、グレー以上はほぼ確定のような感じです。

 

まだなんとなくそわそわしていますが、ひとまず診断結果を待つのみです。

広告を非表示にする

社交辞令とか本音と建前とかの区別がつかないので、それが嘘なら言わないでほしい。

わたし自身、人付き合いが苦手なのですが、

その原因として思い当たるのが

 

「社交辞令」「本音」「建前」

 

この3つの区別がつかないことです。

 

その場で「言葉」として口に出たものと、ほんとのその人の「気持ち」が一致しないことが分かってしまうと、

結局何がその人の意思なのか分からず戸惑ってしまうのです。

 

「社交辞令」とはなんぞや?

とりあえず、辞書的な意味を調べてみました。

 

つきあいをうまく進めるための儀礼的なほめ言葉やあいさつ。外交辞令。「単なる社交辞令に過ぎない」

 

「単なる社交辞令に過ぎない」という例文が挙げられていますが、

要するに、「あぁ、あれは社交辞令だよー」と

ほめられたと思ったことが本当はそうでなかったというものが、

この「社交辞令」なんだというのが個人的解釈です。

 

本音と建前とはなんぞや?

まずは「本音」から。

1 本来の音色。本当の音色。

2 本心から言う言葉。「本音が出る」「本音を吐く」

 

 

お次に「建前」。

1 原則として立てている方針。表向きの考え。「ーと本音」「ーを崩す」

2 行商人や大道商人が商品を売るときの口上。売り声。

 

いわずもがなですが、「本音」と「建前」はいわゆる対義語だという認識でやはり間違ってないみたいです。

 

ここで個人的考察をしてみる。 

儀礼的な」と「表向きの考え」はニュアンス的には似たり寄ったりだと思うんです。

なので、「社交辞令=建前」だと解釈しています。

ここまではあくまで辞書的な意味なので大きくハズレてないと思うんですが

どうしても「表向き」というと、

 

 「本当はそんなこと思ってもいないけど・・・」

 

って思ってしまいます。

 

わたしは褒められるとめちゃくちゃ喜ぶタイプなので、

「あれは社交辞令で言ったんだよ」って言われると、

 

「あの人は嘘をついたんだ・・・」

 

って解釈してしまうんですね。

 多分ここらへんが論理の飛躍なのかもしれません。

 

しかしながら、これが個人的なやりとりではなくビジネスの場だとしたら

そうも言ってられないのはわかります。

接待ゴルフなんて、思ってもいないのに「ナイスショット!」って言わないと

今後の仕事に大きく影響してしまいますもんね。。

いわば、社交辞令とは、「人間関係を円満にするための潤滑油となりうるもの」

なのかもしれません。

 

ただ、わたし個人が、それが本音で言っているのか建前で言っているのか

よくわからなくて混乱してしまう。

これまでは、「Aさんは本音しか言わない人」「Bさんはよく社交辞令を言う人」

とかって自分の中でジャンル分けをしていたのですが

そのやり方は間違っているのかもしれません。

 

わたし個人の単なるワガママではありますが、

「本心から思っていないことは言うのを控えてほしい」

と思ってしまうのです。

できれば、好きで接する人の言葉は100%信用したい。

しかし、それができないとなんだかその人に「裏切られた」

と感じてしまいます。

 

これは、まだまだ自分のなかで答えが出ない難しい問題です。

広告を非表示にする