mikuraのブログ

歌伴奏専門ピアニスト&ウェブライターのmikuraのブログです。

「発達障害者は天才だ」とか言う奴が大嫌いです。

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もし天才なんだったら、こんなに生きづらさを感じてませんから!って思うのですよ。

 

ジョブズやビル・ゲイツといった著名人が発達障害者だと言われているために

そうやって言われるのかもしれませんが

発達障害者みんながみんな天才だったら、そもそも、発達”障害”なんていう

名称自体がおかしいんじゃないかな。

 

ただ、日本と海外では見方が発達障害に対する180度変わるみたいで、

 

例えば、アメリカでは、発達障害と診断された子どもに対して、

親御さん達は「良かったわね!あなたは天才だわ!」と捉えるみたい。

 

そう考えると、お国柄の問題なのでしょうか・・・

 

ただ、「周りと同じことが一番」とされる日本では、

いないとは言い切れないと思いますが、

おそらくそうやって肯定的に捉える人はかなり少数なんじゃないかと思います。

 

 そんな日本で育ったからこそなのかもしれませんが、

「発達障害はギフトだ」みたいに言われることにも違和感を覚えずにはいられません。

むしろ、のし紙つけてお返ししたいとさえ思う(笑)

 

 

 

「天才」という言葉はかなり語弊があると思うのですが、

 

「個性」という捉え方がもっと広がるといいなと思いますし、

自分でもそう思えるようになりたいのです。

 

なんとなく、

「できるだけ他の人と同じようになることがゴール」

のような風潮があるように感じていて、

できるものならそうしたいのが本音です。

 

しかしながら、先天的なものである以上

「治る」ことはないのが現実。

 

そう考えると、「みんなと同じに」ということは

そもそも方向性が違うようにも思います。

 

なかなかうまい言葉が見つからないのがもどかしいですが、

 

「発達障害者は天才だ」と当事者の苦労も何も知らずに言うやつは大嫌いなのです。

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発達障害があるからこそ、「やりたいこと」よりも「できること」にフォーカスする必要があるかもしれない。

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と、思うのです。

 

わたし個人で言いますと、いわゆる「デキる女」にあこがれていました。

スーツを華麗に着こなし、ヒールで颯爽と歩き、バッサバサ仕事をさばいていく、みたいな。

 

ところが現実には、スーツを着るとちんちくりんだし、ヒールは足痛くなるし、仕事のスピードはのろのろ。

 

新卒で就職してからは、ずっと事務の仕事をしていましたが、

事務職には必須であり、"誰でもできる"とされている電話対応・来客対応が

まったくできませんでした。

 

リーガルハイのガッキーに憧れて、パラリーガル(弁護士秘書)の民間資格を取って

弁護士事務所で働いてみたけれど、(※そんなにちゃんとドラマ見たことありません)

 

電話対応と来客対応がポンコツすぎて上司からよく注意されていました。

 

病院の先生には、「何か資格を取るか、向いている仕事を見つけていきましょう」

と言われましたが、

それさえできれば、正直言って発達障害があることに悩まない気がします。

 

なので、

 

「こういうことをやってみたいな」より

「こういうことならできる!」

 

を増やしていくのが大事なのかなとようやく気付いてきました。

 

発達障害者は、定型発達者に比べて能力の凸凹が激しいため、

「できる」によりフォーカスしていかなきゃいけない。

 

「わたしには何ができるんだろう?」と自問自答する日々です。

 

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メルカリをはじめて気づいた3つのこと。

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 家にある使わなくなったものをちょっとでもお金にしたかったので、

「メルカリ」をはじめてみました。

そこで気づいたことが3つあります。

 

 

配送料を考慮した値段設定をするべし。

わたしが出品したものは、原価がそこまで高くないものばかりだったこともあり、

値段設定は300円〜3000円くらいにしています。

 

元がそこまで高くないので、値下げ交渉に応じることも多いのですが、

配送料を考慮しなかったために痛い目を見ることもありました。

 

メルカリのいいところに、「匿名配送」というものがありまして、

相手方もこちらの個人情報を知らせることなく発送できる

「らくらくメルカリ便」「ゆうゆうメルカリ便」がそれに該当します。

 

ただ、ここに大きな落とし穴がありまして、

 

「らくらくメルカリ便」「ゆうゆうメルカリ便」では、

売値を1000円未満に設定している商品は、「宅急便」を利用できないのです。

 

わたしの具体例を出しますと・・・

 

パソコンキーボードを出品していました。

 

値下げ交渉で、1000円のものを850円に値下げしたのですが、

いざ発送するとなった時に、当初予定していた

 「らくらくメルカリ便」で発送することができず、

メルカリのシステムでエラーが出てしまいました。

 

 

(ポスト投函である「ネコポス」も、

宅急便扱いだけど専用の封筒・箱に入るサイズでないといけない「宅急便コンパクト」

にも入らない厚さかつ大きさでした。)

 

そこで、仕方なく相手の方に住所と名前を聞き、伝票を書いて通常の宅急便にて送ることになりました・・・

 

さらに、本日は、東北地方の方に配送をしたのですが、

商品が850円なのに対し、配送料が872円かかってしまい、

赤字となってしまいました・・・

 

購入者側からすると、できれば安く買いたいというのはあると思いますが

値段設定にはもっと慎重になる必要があるなと感じました。

 

「らくらくメルカリ便」では、

「宅急便コンパクト」では450円未満、「宅急便」では1000円未満

に値段設定をしないように要注意です。

 

ちなみに、「ゆうゆうメルカリ便」でも、

いわゆる「ゆうパック」扱いになるものは1000円未満では送れません。。

 

 

売れるときは売れるし、売れないときは売れない。

いわゆる「ビギナーズラック」なのか、メルカリをはじめて3品くらいは

出品したら1日くらいでぽんぽーんと売れていきました。

 

ただ、それからはすぐには売れず、ただ出品画面を眺める日が続きました。

その間、ちょっとずつ商品説明を付け足したり、

コメントが付いていたら返したり、値段設定を見直してみたり。

 

それでも、売れないときはさっぱり。

 

ただ、「別に売れなくてもいいやー」と思っていたら急に売れたりしました。

 

「絶対にできるだけ早くこの商品を売らなきゃ!」

と焦っていてもいいことは全くなく、

悠長に構えているときほど売れるのかも?と感じました。

 

 

「ありがとう」と言われるとやっぱり嬉しい。 

まだそこまで数を売っているわけではないのですが、

ありがたいことに

 

「ご丁寧な対応ありがとうございました」

「綺麗な商品をありがとうございました」

「迅速な対応ありがとうございました」

 

との声を頂くことができています。

 

日常生活のなかで、「ありがとう」と言われる機会って意外にないじゃないですか。

 

お互いに顔も名前も知らない相手ですが、「ありがとう」と言ってもらえると

やっぱり嬉しいもんだなと思いました。

 

商品を受け取ってもらえて、こちらに利益が出て、

相手からは感謝の言葉をいただく。

 

今まであまり「売り手」の視点に立ったことはなかったけれども、

こういうのっていいなと思いました。

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わたしがうつになった理由は「働かなくていい理由が欲しかったから」

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安定剤も睡眠薬も服用する必要がなくなったいまだからこそ思うんですが、

「うつ」になることで、やりたくない仕事を休まざるを得ない「正当な理由」

を作り出していたんだと思います。

 

新卒でストレートに就職することができたものの、

「この会社でどうしても働きたい!」と思って入社した会社ではありませんでした。

そもそも、その会社に決めた理由が

 

「名前が知れているから、親に文句言われないだろう」

「一般職だから、営業をしなくて済むだろう」

 

というものでした。

 

そんなマイナス理由で就職したので、会社に行くのが嫌で嫌でたまりませんでした。

仕事内容に興味はないし、一般職で入ったのに営業しなくてはいけないし、

自分と同世代の人はいないし、職場の人と話していても全く楽しくないし・・・

 

唯一の心休まる時間は、お昼ごはんを食べ終わってトイレで仮眠していたときでした。

 

そんな生活を送っていたので、就職して一ヶ月ほどで、

ごはんがあまり食べられなくなり、夜もあまり眠れなくなり、

心療内科に行ったところ、「うつ状態」だと診断されました。

 

 

 正直、ほっとしました。

 

 

「あ、これで会社に行かなくて済む!休める!」と思ったんですね。

 

ただ、お医者さんからは

「まだ就職して一ヶ月だから、薬を飲みながら様子を見ましょう」

と言われました。

 

正直、がっかりしたのを今でも覚えています。

 

 

最初は頓服的に服用をしていたのですが、だんだんと薬飲む頻度が増えていき、

ついには睡眠薬なしで寝ることができなくなりました。

わたしの場合は何故か安定剤の効果があまり感じれなかったので

ずーんと沈んだ気分の毎日でした。

 

食欲もなくなってきて、制服のサイズが合わなくなるくらい痩せていき

夜寝れない朝起きれないで遅刻・欠勤が増えていき

有給休暇を使い果たしたタイミングで「休職しましょう」ということになりました。

 

 

正直、ほっとしました。

 

 

それからは、毎日家にこもってだらだらする毎日を送りました。

通院は月に2回くらいだったと思います。

 

いわゆる「3分診療」というやつで、

「食欲があるかないか」「気分は落ち込む」「夜は寝れているか」

を聞かれて、その症状に合わせて薬が出される、といった診察でした。

 

毎日家でだらだらしてはいたのですが、

 

同期や今頃しんどくても今頃頑張っているんだろうな・・・

このまま辞めたいけど次の仕事どうしようかな・・・

なんでわたしはこんなにダメ人間なんだろう・・・

もういっそ死んだほうがいいんだろうか・・・

 

ということがずっとぐるぐると頭の中を巡っていたので

あまり休んでいる感覚はありませんでした。

 

 

夜寝れなかったり気分が落ち込むだけで体そのものは動いていたので、

 

「やっぱりわたしは甘えているだけなんだろうか」

「みんな頑張っているのに休んでいていいんだろうか」

 

という罪悪感が常につきまとっていました。

 

傷病手当をもらいながら休職していたのですが、

症状は良くなるどころかだんだん悪化していき、

傷病手当が出なくなるタイミングで退職しました。

 

ここまで書いていて、「そうだ、当時はこんな気持だったんだ」と思うと同時に、

 

「働かなくていい理由が欲しかったんだ」

 

とも思っています。

 

ameblo.jp

 

ガス警報器が鳴ったときに
ガス警報器の音を止めることに躍起になるよりも
どこからガスが漏れているかを探すことが大切ですよね。

 

そのための「警報」なのですから。

「異常が出てますよ」の警報なのですから。

 

でも、僕らは「警報」を「異常」だと言ってしまう。

 

 

 

うつやパニックは病気ではない、というのはそういうことです。


決して「うつやパニックは病気じゃないんだから、気のせいだから、ちゃんとしなさい」というような意味ではないのです。

 

 

---

 

ん? じゃ、ここでいう「ガス漏れ」ってなんだ?

 

 

やりたくないことをガマンしてやってること

やりたいことをガマンしてやってないこと

 

それを「しかたない」とあきらめてること

ジブンより他人の迷惑や評価や期待を優先していること

成功や愛されるという麻薬を追いかけ続けていること

 

それらのために「がんばって」いること

「がんばればなんとかなる」と自分を酷使していることです。

 

 

心屋さんのこの記事を読んだとき、いわゆる「ぱっかーん」が来ましたね。

 

やりたくない仕事でもやらなければいけないと「ガマン」してたから

「警報機」がなったんだと。

 

わたしの場合は、やりたくない仕事をするという我慢をしていたので、

うつになるという警報機を鳴らすことで、

働かなくていい理由を作り出していたんだなと思います。

 

(もちろん、うつの人全員が全員そうであるとは限らないと思います。)

 

「うつは甘えだ」

 

と世間的にはまだまだ偏見がありますが、

わたしが思うに、「もっと自分の心に正直になりなさい」という

サインなんじゃないかと、今思います。

 

 

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わたしがフリーランスという働き方を選んだたったひとつの理由

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それは至極単純なもので、

「会社員という働き方が壊滅的に向いていない」からです。

 

ちゃんと数えたことはないのですが、

転職回数は軽く20回は超えていると思います。

 

金融機関、役所の臨時職員、個別塾講師、飲食店ホール、一般事務、なんちゃって経理、弁護士事務所、司法書士事務所、社労士事務所、音楽バー・・・

 

居酒屋のホールとラウンジもありますが、

どっちも一日で辞めた記憶があります。

 

発達障害のあるわたしにとって、

「テキパキ動く」「臨機応変な行動が求められる」

という仕事はたとえアルバイトでも厳しいものがあります。

 

バイキング形式の飲食店のホールをしてたとき、

 

「あなたはここでコーヒーを入れてくれればいいから」

 

と言われ、ほんまにコーヒーを入れることだけをしていたら

 

「ほら!人手が足りないところを手伝ったりテーブル拭いたりとかしてきてよ!

あの子を見習って!もっとちゃんと動いて!」

 

と怒られた記憶がありますが、

 

「コーヒーを入れてくれればいいから」

 

と言われていたからその指示に従っていただけなのに、

 

何故怒られなければいけないのか

まったくもって理解できませんでした・・・

 

今だからこそわかるのですが、

 

 

これは自閉症スペクトラムの特徴のひとつの

 

「言葉の裏を読み取れない」

 

というもののあらわれだったんだなと思います。

 

 

 

さらに、事務の仕事でも、ポンコツぶりは変わらず。

 

書類作成はちゃんとできるのですが、

電話対応と来客対応が壊滅的にできません。

 

 

「○○会社の××さん」

 がまず聞き取れないんです。

 

何回も電話してきているひとだったり、

番号表示があったりだといいのですが、

全く知らない人だと全然ダメなのです。

 

軽く2、3回は聞き返して相手をイライラさせてしまいます。

 

(でも悪気はないんです。)

 

あと、来客対応も非常に苦手です。

お茶を出すときに、普段は右からだけど書類を出したら左からとか、

「書類を左側に出したらどないすんねん!」ってパニックになります。

さらに、実際にはないですけど、

お茶をこぼさないかすごくすごくひやひやしてしまいます。

 

そんなこんなで、

 

「あなたは机の上のお勉強は得意なのにねぇ・・・」

「学歴はあるのに職歴はないんだね」

 

と嫌味を言われることもしばしば。

 

こんなポンコツっぷりを遺憾なく発揮してしまうので、

組織で働くのは「壊滅的に向いていない」のだと

最近ようやく自分の中で納得がいくようになってきました。

 

いままではどこかで

「そんなの甘えだ」

「みんな我慢してやっている」

と思っていたのですが、

 

ASDの診断がおりたことにより、

それは甘えだとか我慢が足りないだとかの

問題ではないのだとわかりました。

 

 

「独立」というと、

 

「かっこいい!」

「仕事ができるんだね〜」

 

というキラキラしたイメージをもたれるかと思いますが

わたしの場合はむしろ真逆です。

 

今はインターネットがあるからかなり助かっています。

 

発達障害があるとわかった今、

「できないこと」にフォーカスするとキリがないので

「できること」を伸ばすことができるように努力していきたいと思います。

 

 

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1年勤めて時給が1円も上がらないアルバイトなんて辞めた方がいい。(個人的な愚痴です)

という言葉が頭に降りてきて、

1年と3カ月ほど勤めてきたアルバイトを辞めました。

その理由は3つあります。

 

他のスタッフとの扱いが違う。

元来いじられキャラなわたしですが、

店長のわたしに対する扱いが、

「いじってる」

じゃなくて

「雑に扱っている」

という感覚がどうしても抜けませんでした。

 

髪の毛が肩につくかつかないかの時に、

「ゴムとかないの?髪の毛どうにかできない?」

とご指摘を受けたのですが、

腰くらいまで長さのある他のスタッフには何も注意せず。

 

また、

「◯◯さん(お客さん)に最近タメ口っぽいから気をつけて。」

とご指摘を受けたのですが、

他のスタッフには

「時々出るタメ口いいね。キュンとするね    笑」

って言っておりまして。

 

明らかに雑に扱われてました。。

 

アルバイトリーダーに任命されるも、時給は変わらず。

ある日出勤してお客さんと会話してると、

「みくらちゃん、今日からバイトリーダーだからね」

と言われました。

「今までどんくさいながらも頑張った甲斐があった\(^o^)/!!」

と喜んでいたのですが、

その月の給与明細を見ても金額は変わらないまま。。

 

「リーダーに任命するとは言ったけど、時給上がるって言われてないもんな・・・」

 

と自分をなだめるしかありませんでした。

 

その日入った新人さんと同じ給料だと思うと、もはや意欲は枯れ果ててしまった。

バイトリーダーになっても

人不足で週5シフトに入っても

ラストまで残業しても

仕事内容が増えても

1年以上働いても

 

それでも、時給は1円も上がりませんでした。

そして、お店が忙しくなってスタッフの募集をかけるといったので、

これは絶好のタイミングだと思って退職を申し出ました。

 

大学を出てから20社は軽く転職し、

最長で1年持ったことがないわたしにとっては、

1年3ヵ月という期間は記録更新なんです。

 

だから、そこはちゃんと自分を褒めてあげました。

ただ、「楽しい」と感じる時間より、

「早く帰りたい」と感じる時間が

日に日に長くなっていたので

もう無理だろうなと思ったんです。

 

嫌々働いてるのって、お客さんには伝わったりしますしね。

 

辞めてから1ヶ月ほど経ちますが、

時間に追われないし

白髪も減りましたし 笑

のんびり過ごしています。

 

ただ、時給で働くということは

最低限、「そこにいるだけで」

お金が稼げるので、

お世辞にもあまり高い時給ではありませんでしたが、

「時給で働くのって楽だな」

と実感もしています。

 

しかしながら、なんにせよ

違和感を覚えたままやっていて

いいことなんてないんじゃないかなってことがわかりました。

 

自分の心の声をちゃんと聞いてあげなければ、誰も聞いてくれませんからね。

 

 

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完璧主義は劣等感の裏返しである。

わたしは、自他共に認める「完璧主義者」です。

ただ、いまだかつて「100%に成し得たこと」はありません。

 

物心ついた頃から、「わたしは他の人よりどんくさくて不器用だ。」って何かにつけて思ってきたので、

 

「それならせめて他人の数倍努力しなくては。」

「それならせめて自分のなかでは100%の力を注ぎ込まなくては。」

 

と考えるようになってしまったように思います。

 

学校の先生だってよく言うじゃないですが。

 「80点を取りたかったら100点を目指せ!」

って。

 

しかしながら、多分完璧主義は劣等感の裏返しなんじゃないかと最近思うようになりまして。

 

「別に80点取らなくても30点でもいいや 笑」

 

って思えてたらそこまで深刻に考えたりしないと思うんです。

 

「せめて80点は取らなければ、◯◯に怒られる。馬鹿にされる。だから頑張らなくては。」

 

と思ってしまうからしんどくなってしまうのでしょう。。

 

ただし、なかなか完璧を目指したところでミスはつきもの。

100%ばかりのことなんてない。

努力したからといって、それが100%実るなんて確証もない。

 

「それなら努力するなんて馬鹿らしい」

 

最近はこの思考にシフトするようになってしまいました。

いわゆる、「全か無か思考」ってやつです。

 

おそらく、完璧主義者の人は、思考がかなり極端なんですよね。

 

ある時はすごく頑張るけど、

ある時は微塵も頑張らない、

みたいな。

 

個人的なお話ですと、浪人して1日8〜12時間は勉強したのに、

センターもそんな点数あがらなくて

結果第一志望の大学を諦めた経験があってからこの考え方になってしまったように思います。

 

別に、誰もわたしに良い意味でも悪い意味でも期待してないと思うんですが 笑

なかなかにこの考え方をやめるのは難しいなと実感しています。

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